マリーピエール・ノゲス氏、アン・クラレ トゥルニエ氏、2002年発行本゛Changing life” 遠国に住む カールストレプコフ、彼の小さな会社を日本に移す カールストレプコフは常にビジネス、そして外国に魅力を感じていた。フランス・カーンでの高校生活中、彼はポロシャツと時計のビジネスを始めていた。父親が赴任していた香港での旅で、アジア製品が低価格で、そして大きな可能性を秘めていることに気がついたのである。 フランスに帰国後、香港から送ったMade in Chinaの製品をたくさん詰めた小包みを受け取り、彼の先取り精神をとても楽しみにしている、学校のクラスメートたちにそれらを売っていた。 ゛私はただステレオを買うのに充分なお金を稼ぎたかったんだ。でもそれはすごくうまくいっていたので高校卒業後はビジネススクールに入学するための準備学校に行く、と決めていたんだ。“ 準備学校を終えたカールは、入学2年目に色々な外国へ留学制度があるISGビジネススクールに入学することを決めたのだ。卒業まじかの最終過程には香港のフィリップスでインターンを行い就職の誘いも受けたのだが、彼はそれを断ってしまう。゛会社に入るとキャリアの将来性は極めて限られた範囲となってしまうことに気がついたんだ。一生懸命頑張る人に充分報いることのない、このシステムの中に入る気持ちにはならなかった。”、と彼は説明をした。当然のごとく、その後彼は自身の会社を友人と共に設立することとなる。゛そのときは明確なプロジェクトはなかったけれど、僕達は2人ともタイが大好きだったし、そこでタイシルクのアクセサリーを輸入しようと決めたんだ。定期的に大好きなタイにも行けるしね。″ソワコキーヌ社は1989年設立されるが、意気込む2人の起業家たちはまもなく政府のシステムの現実と向き合うこととなる。″会社を設立してすぐに国の失業保険、退職関係当局から請求書が届いた、それもまだ仕事がスタートしてもいないのに。″とカールは続けた。 それから数年間2人のパートナーは自分達のビジネスに奔走し続け、小売業者や百貨店などにシルク製品を卸していた。しかし4年後、カールは停滞状態だった。会社は150,000ユーロほどの売上しかなく、2人はスズメの涙ほどのサラリーしか受け取ることができなかった。゛私はクライアントに支払いをちゃんとしてもらうよう走り回ることに時間を費やしていたよ、こんなこと考えてもみなかった。″ 1994年、オフィス兼ストックルームは洪水によりダメージを受けストック分も全てダメになってしまうという不運を背負う。片づけをしながら、ついにカールはフランスを去り日本へ行く決心をする。 ゛当時日本で勉強をしていた頃、出会った私のガールフレンドは日本人だったのもあったし、またそこはフランスから遠いところだしね!″ ゛日本はフランスより若い起業家たちに寛容だ″ 1994年、何の悔いも残さずカールはアジアへと飛んだ。カールはいずれ東京でソワコキーヌの活動を起こす希望を心の中で持ち続けていた。まずはサラリーマンとしてのスタートだ。なんといっても゛サラリーマン″は強い名刺である。゛輸出入を手がけるガールフレンドの会社の代表に会いに行き、修行中はタダ働きでいい、とお願いしたんだ。″とカールは振り返る。 この仕事でまずは日本での在留資格を取ることが可能になった。それから6ヶ月間、若いフランス人は給料を取らずに働くことになるのだが、有難いことに会社の社長はカールにオフィスでの居住も許可してくれたのである。カールはその後もタイシルクアクセサリーの輸入を続け、その2年後には、ガールフレンドをビジネスパートナーに自分の会社を作る準備が整ったと感じた。 ゛ここ日本はフランスより起業家たちに寛容な環境であることが喜ばしいことだった。会社を設立することはとてもシンプルなプロセスだった。 家とオフィスを同じ場所に置くことは期限も無く可能であり、また労働に関する法律はフレキシブルだし、大企業に比べ小さな会社への負担は多くない。また国への支払いは相談しながら会社が利益を生むまで待ってくれるんだ。″ この6年の間、ソワコキーヌ社の活動は展開を見せる。カールは市場でのプロモーションアイテムの可能性に気がついた。シルク製品を離れ、大企業のロゴをつけたカンハンドルやトラベルバッグを製作するようになった。 会社は4人の社員と共に、プロモーション分野で1,500,000ユーロの売上をあげた。 ゛ここでは信用を得るまでにとても長い時間がかかるんだ。外資系の会社は最初の約5年間は我慢の連続だけど、その後ドアが開けばビジネスもチャンスがやってくるよ。″現在カールはコカコーラや、エイボン、ペルノリカールなどの大きなアカウントと仕事をしている。この若者は好きな日本に住みたい気持ちから一生懸命頑張っていたのだ。 ゛やはり私は日本の文化が好きだし、何といっても人生をリラックスできるリズムが気に入っているね。ここはガツガツしていないところだ。でも驚くことは、ビジネスの雰囲気はヨーロッパより感情的だよ。 必ず片方が我慢しなくてはいけないけど、でも一度信頼されると新参者と比べてその点は有利かな。″カールの話によると、彼の友人のほとんどは日本人ではなく欧米人が多くても、どうも未来は日本にあるようだ。 ゛私達の楽しみ方はとても異なるし、ユーモアの取り方もかなり違うことが多いよ。″ガールフレンドとは離れてはしまったが、現在は都内の閑静で大きなマンションに居を構えている。テニスをかかさず、ビジネスで非常に有効なハイグレードビジネスクラブにも通う。彼にとってお金は走り続けるためのモチベーションではないようだ。゛お金はたくさん稼ぐけど、会社のために全てまた投資するんだ。″ 彼は会社のための日常の冒険が好きなのだ。゛常にクリエイティブでいるよう努力している。いいアイディアを探し続けてやりがいのある仕事につながるよう頑張ってるよ。だから私はとても楽しんでるよ!″ あなたにとって難しいことは何? ゛本当に良いチーズを探すのは難しいように、本当に良い物はなかなか日本では見つけにくいかな。 でも最近は市場がオープンになってきたから色々期待しているよ。 あと文化的な活動もしたいね。だからフランスの本とかDVDはインターネットを通じて購入しているよ。″ |